物語のはじめに

 

とても平和で、とても静かだった魔界の大地。

 

偉大な父にして、魔界を統べる魔王。
その妃である優しき母。
そして僕。

 

ずっと続くと思われた幸せは、ある日、突然襲ってきた人間たちに蹂躙されてしまった。
魔物の多くは殺され、そして生き延びた者の大半は囚われてしまった。
魔界の財宝も全て人間に奪い去られてしまった。
大地のほとんど全てが人間の手に落ちた。

 

そして父と、母も殺されてしまった。

 

僕は大地の果て、世界の終わりにまで逃げ延びた。
一緒についてきた、たった一匹のゴブリンと共に。

 

もう終わりかもしれないと思った。
だけど終わりにはしたくなかった。

 

僕を逃がすとき、父が最後にこう言った。

 

「お前が生きている限り、魔界は終わらない。お前が諦めない限り、私たちは負けたわけではない。」

 

ここは大地の果て。
人間の力も僅かにしか届かない。

 

戦わなくちゃならない。
これ以上、逃げることは出来ない。

 

僕は、僕の傍らを離れないゴブリンの目を見た。
そして、振り絞るように魔王としての命を下した。

 

「人間に奪われた土地を奪還せよ!」

 

ゴブリンは暫しの沈黙の後、小さく頷いた。
そしては雄叫びを上げ走りだした。

 

勇猛果敢に。
猪突猛進に。
魔王の命を果たすために。

 

ゴブリンの小さくなる背中に、僕は祈った。
ただ祈った。

 

「お願い、僕の魔界を救って!」

 

明日をかけた戦いが始まった。